-Tuba Eccentric-
はじめに四分音

1.四分音

はじめに

金管楽器の構造

金管楽器の発音原理は端的に言ってしまえば任意の周波数が管の中の空気柱を共鳴させる事で得られます。唇を振動させる事(バズィング)によって得られた周波数が適切な共鳴を得られるようにピストン又はヴァルヴ(トロンボーンの場合はスライド)を操作して管の長さを調節するわけです。

トランペット、ホルン、ユーフォニアム、バリトン全てのピストン(以下ヴァルヴも含む)楽器において、人差し指から順に番号が振り当てられている1,2,3の各ピストンは音階を得るために必要なピストンです。これらを操作するとノーマルの管長に加えて一定の長さの枝管を通過し(つまり管長は長くなって)、得られる音程は下がります(勿論、バズィングはその長さにあった周波数で振動している必要があります)。

  • 2番を押す事によって半音
  • 1番を押す事によって半音×2=全音
  • 3番を押す事によって半音×3=全音+半音=1番+2番と同じ(実際には3番のほうがやや低め)
  • 2番+3番を押す事によって半音×4=2全音
  • 1番+3番を押す事によって半音×5=2全音+半音(完全4度)
  • 1番+2番+3番を押す事によって半音×6=3全音

これとは別に、管の長さを調節しないでも得られる音が倍音列です(=オーバーブロー)。此方はバズィングの変化のみで発音する事が可能です。
下に示したのはF管のテューバの開放(何も押さない状態)での倍音列です(記譜=実音)。開放時の倍音列は楽器の種類、調性によって異なります。

ex1

図によって判るように、基音と第二倍音の間以外は全て上記のピストンの操作によって半音を埋めることが出来ます。余談ですが、どの音からも最大で半音6つ下がる事が出来る、ということから替え指の可能性が出てきます。基音付近の音域はトランペット、トロンボーンでは頻繁に使用されない音域にあたり、ホルンはF管とBb管の二つを組み合わせる事でこの問題を解決していますが、ユーフォニアム、テューバの場合は更に4番管を付け加える事によってこの音域を補います。

  • 4番を押す事によって半音×5=2全音+半音(完全4度)=1番+3番と同じ(替え指)
  • 4番+2番を押す事によって半音×6=3全音=1番+2番+3番と同じ(替え指)
  • 4番+1番を押す事によって半音×7=3全音+半音(完全5度)
  • 4番+3番を押す事によって半音×8=4全音=4番+1番+2番と同じ(替え指)
  • 4番+2番+3番を押す事によって半音×9=5全音
  • 4番+1番+3番を押す事によって半音×10=5全音+半音
  • 4番+1番+2番+3番を押す事によって半音×11=6全音
ex4

プラクティカルには1番から4番までの枝管の組み合わせが複雑になるほど、音程的には誤差が生じます。セミダブルのホルン、ユーフォニアム、テューバのある種類ではコンペセイティングシステムと呼ばれる補正システムによってこれを矯正しますが、テューバでは先の4つの管に加えて更に5番管、6番管が付け加えられている事があります。これらは2番のやや長めであったり、3番のやや長めであったり、メーカーによって異なります。これらの補正管を用いる事で、後に説明する微分音を得る手がかりが得られます。

音程、音感

金管楽器の構造面からの音程の作り方は前項で述べましたが、一方唇の筋肉の調節によってある程度の高低をつけることが出来ます。実際面ではこの方法と変え指を使って音程をアジャストして演奏をしているわけです。ピアノに例えて言うならば一音ごとに調律と発音を同時に行っていく事になります。このことから次のようなポイントを挙げる事が出来ます。

  • 長所:異なる基準のピッチ(A=442,441,440,etc.)や音律(平均律、純正律etc.)にもフレキシブルに対応できる。
  • 短所:絶対的な音程、音感で全ての音域、ダイナミクスを奏するのが困難。

オーケストラや室内楽などの実際の演奏場面では平均律ですが、和声の点から近似値的な純正律がミックスされたような状況が多い為、その中で協和する音程にアジャストする事が非常に重要になってきます。つまり、状況的にある音が平均率から半音の1/4、つまり八分音近くずれていることは充分在り得るわけで、そういった音感に対するフレキシビリティを保ちつつ、これから述べる微分音程感覚で演奏する事はケースによっては非常に困難な事があります。論理的には八分音、十六分音、あるいは六分音も可能ですが、例えば「C」という音名にある程度の幅の周波数を持たせて認識している(或いは認識せざるを得ない)楽器においてどの辺りまでを実用可能な微分音程とするのかについては、議論の余地があるかと思います。ここでは半音の1/2、つまり四分音について取り扱います。

四分音

金管楽器では以下の方法によって四分音をはじめとする微分音を得る事が出来ます。

  1. 唇による音程の変化
  2. 自然倍音列を利用した変化
  3. 5番管及び6番管の補正管を用いた変化

この他、トランペットではトリガーを使って音程を下げる方法、ホルンではベルの中に入れた右手の位置を変化させる事によっても得る事が出来ますが、ユーフォニアム、テューバの場合には上記の方法に限られます。トロンボーンはその構造上どの音程も取る事が出来ます。また、非常に特殊な場合ですが、楽器に四分音用の迂回管を取り付けて使用することもあります。以下a.b.c.の各事例について取り扱います。

a.唇による音程の変化

唇の筋肉(及び口腔内)を調整する事によって振動を下げることにより、通常のフィンガリングのまま音程を下げて四分音を得ることができます。同様な操作で上昇させることも可能ですが、下げる場合に比べるとややコントロールが困難となることがあります。場合によっては唇の振動の変化とともに枝管(各ヴァルヴについている管)を随時抜き差しすることによって、ある程度の正確性を得ることも出来ます。この方法の長所は同じフィンガリング内での変化なのでポルタメントがかけられる点にあります。逆に短所は所謂唇の強制的な振動になるので、音質が均一でなくなる点にあります。また、各楽器での低音域では極めて効果的ですが、高音域では操作できる音程の幅は狭くなっていきます。これは倍音列に関係しています。
一般的にこの方法を用いる場合は、ある程度の長さの音価でないとコントロールが困難です。速いパッセージ内でこの方法を用いることは避けたほうが良いようです。

b.自然倍音列の第7倍音を利用した変化

先にも挙げたF管テューバの開放(フィンガリング;0)で得られる自然倍音列は次のとおりです。

ex1

この第7倍音は平均率からはかなり低くなります。勿論正確な四分音ではありませんが、バズィングでやや下げる事によってEbの1/4音下を得ることが出来ます(これは前項のa.唇による音程の変化が絡んできますが、通常の唇でのアジャストの範囲内に収まると思います)。この音を基本にヴァルヴで半音階下降をする事によって以下の四分音を得ることが出来ます。

ex2

シャープ系で書き換えると以下のとおりです。上下2譜例において4番ヴァルヴを含むフィンガリング中で1、4番のコンビネーションが抜けていますが、これは先ほど触れたフィンガリングの組み合わせから来る誤差を矯正したものです。楽器、奏者によって変わってきます。また、4番管が絡んだフィンガリング、具体的には上の図でAの3/4音下からの4つの音は吹奏感、音色が著しく異なるので、後述する補正管を用いた方法が使える場合には、そちらを優先します。

ex3

第7倍音を利用した四分音は上の11音に留まります。同様に第11倍音を使用して四分音の音列を得ることも出来ますが、こちらはもともと演奏が困難な音域のため音程も不安定になりがちで、なおかつ後述のフィンガリングで代替可能な場合が多いのでここでは取り上げません(ホルンでは利用できる可能性があるかもしれません)。

c.補正管を用いた変化

先ほども述べましたが5番管、6番管などの所謂補正管は低音域の誤差を補正するために本来用いられます。長さはは調性、メーカーによってまちまですが、例えば筆者の持つアレキサンダーのF管を例に挙げると、5番管は2番管のやや長め(半音+α)、6番管は3番管のやや長め(全音+半音+α)が取り付けてられています。つまり、これをそれぞれ通常の音域で2番管、3番管を使うフィンガリングと置き換えれば、本来の平均率よりかなり低めの音が得られます。これらを第7倍音のときと同じようにアジャストする事によって四分音を得る事が出来ます。この方法の長所は音質が均一である事、フィンガリングが容易である事が挙げられます。

ex5

 同様の操作を通常のフィンガリングの全てで置き換えることによって、ほぼ全音域の四半音を得ることが可能です。(ex.24→54、124→154、234→564etc.)

まとめ

フィンガリングの作成

以上が四分音を得るための基本的な方法です。実際にはb.自然倍音列の第7倍音を利用した変化、c.補正管を用いた変化の2つを併用して12平均率を更に2倍に分割した24平均率のフィンガリングを作成していくことになります。前述したようにフィンガリングのコンビネーションが複雑になればなるほど、楽器本来の持っている誤差が大きくなっていくために、以下の手順を取る事をお勧めします。

  1. 五線紙に四分音を含めた音域の音を並べる。
  2. まずは通常の12平均率で自分の使っているフィンガリングを記入する。
  3. 第7倍音を使用した四分音のフィンガリングの部分を埋めてゆく。
  4. 続いて、2番、3番を使用する指使いの部分を5番及び6番に置き換えて、更に四分音の部分の空白を埋めてゆく。この時点では取り敢えず全ての可能性を書き出しておくこと。
  5. 実際には音域が下がるに従って誤差が大きくなる(一般的にうわずる)ので、ピストンの構造を踏まえて補正の指使いを考えておく事。
  6. 作成したチャートを基に実際に吹いて確かめてみる。オクターヴや完全5度、完全4度などといった通常の平均率での音のとり方と同じ方法論が使えます。
  7. 複数のフィンガリングが可能な場合はなるべく押さえるピストンが少なく、迂回する管の長さが短くなるように考えます。

 言うまでもなく、実際の音程はフィンガリングのみから導き出されるものではなく、実際に頭の中でその音程をきちんと捕捉することが最も重要であることは、通常の演奏法における問題と同様です。

曲への応用

また、実際の曲の中では、その微分音がどういったコンテクストで用いられるかに注意を払う必要があります。作曲者によっては「通常の平均率ではない音程」を纏めて四分音でノーテーションする(やや乱雑な)方法もありますし、逆に非常に厳密な用法を定めている場合もあります。主にグリッサンドやポルタメントで四分音に達する場合(或いはその逆)には寧ろベンディングなどの唇での調整のほうが理にかなっています。

作曲家が金管楽器に微分音程を使用する際の注意点としては、以下のようなものが挙げられます。

  1. 本来上述の方法である程度のフィンガリングが得られるとしても、これは例えて言うならば通常のピアノにいきなり灰色の四分音鍵盤が加わったような状態と同じです(しかも金管楽器では視覚的要素が伴わない)ので、極端に早いパッセージであったり跳躍に縦横無尽に使用することはリスクを伴います。この辺りは演奏者がどのくらい準備に時間を当てられるのか、という問題とも関わってきます。
  2. 唇によるポルタメントで微分音程を使うことはかなり効果的ですが、この場合あるフィンガリングから唇だけで下降するのに比べて上昇は容易ではありません。また、高音域になるのに比例して難易度は増加します。
  3. ある微分音を使用する際に当たって、同じ場所に鍵盤楽器もしくはエレクトロのパートなどの音程に確実性のあるパートに該当する音程があると確実性は増します。当たり前の話ですが、現実的にはあまり多用されていないように思います。
  4. ここまでで述べた微分音の可能性は、「通常と同じく楽器を演奏する」方法に限られます。つまりスラップタンギング、タングラム、息音など「ある音程を含んだようなノイズ」に分類される奏法では、音程の指定は無意味ですので、微分音を指定することも同様に無意味です。
  5. 声との重音でどちらか一方、又は両方に微分音を充てることは可能ですが、1.と同様の注意を払う必要があります。
  6. その他の特殊奏法との組み合わせとしては、フラッター、ハーフヴァルヴを挙げる事が出来ます。フラッターは原則的にどの微分音でも演奏可能ですが、ハーフヴァルヴに関しては「微分音でハーフヴァルヴ」のフィンガリングを別途用意する必要があり、汎用性の点で問題が残ります。
金管楽器で微分音を扱う一つの目安として、そのパートを実際に歌えるかどうか、ということで判断する事をお勧めします。ある程度訓練された耳をお持ちの方でも、実際にその耳の判断に耐えうる音程で自在に歌えるかどうかは別の問題に属するかと思います。早さ、音域など、歌った際にある程度の難易度を感じるのであれば、それはそのまま金管楽器で演奏する場合にも同様の問題が発生すると考えて差し支えないと思います。

練習

(各練習法の後ろについている★は難易度を示す。)

  1. 上記の方法を用いて四分音のフィンガリング表を作成する。(★)
  2. それぞれの音程を通常の音程と比較して、全体の音程間隔が均等になるようにゆっくりと練習して記憶する。(★)
  3. 四半音音階の上行、下降。(★★)
  4. 四半音を使ったアルペジオ。(★★★)
  5. エテュードを用いて四半音上、四半音下に移調する。(★★★)
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更新日時: 2006年10月25日 20時55分
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